4月になりました。街で目に付くのは、リクルートスーツ姿の若者たち。フレッシュマンあり、就職活動中の学生あり、着慣れぬスーツが初々しいです。我が家の娘も、Gパンをスーツに着替え、毎日就職活動に悪戦苦闘しています。

実はこの娘は、4歳の時に交通事故に遭い、足に大怪我を負いました。大学病院で手術を受け、日常生活には差し支えないほどに快復したのですが、足にとても大きな傷跡(瘢痕)が残ってしまいました。小学生のころはそれでいじめに遭ったこともありますが、周囲の理解ある環境で何とかグレもせず大学生になりました。若い娘なので最近の素足にサンダルなどの流行は辛いのですが、学生のうちはなんとかハイソックスやGパンなどで傷跡を目立たせず過ごしてきました。ですが、就職活動を考える年頃になり、リクルートスーツを着るには、薄い色のストッキングをはかなくてはならなくなりました。

娘は、傷跡を人目に晒すことの恥ずかしさより、初対面の人に会うと必ず、どうして傷跡ができたかということを詮索されたり、同情されたりで、本来の自分自身を見てもらえないことに悩んでいました。親としてはなんとかしてやりたいといろいろ調べまくり、ある化粧品メーカーを知りました。そこは、やけどや事故による傷跡やあざなどを持った人には、専用の相談室を設けていて、一人一人にカウンセリングをしてくれます。電話で予約をとり、あまり乗り気でない娘を相談室に行かせました。

その日私が帰宅すると、先に帰っていた娘が「ねぇ、これみて!」とルンルンでスカートをはいた姿で現れました。あれっ、傷がない。20×10センチ以上もあるしかも凹凸のある傷跡は全くわからない状態になっていました。

娘の話によると、その相談室の相談員の方は、とても綺麗にお化粧した若い女性だったそうです。でも実は顔にひどい傷跡があり、その相談室のメイク相談に通い、そしてそこの相談員になったことを淡々と娘に話しました。娘の足にも何種類かのファンデーションを調合してまわりの皮膚との差がないように選んでくれ、温泉やプールに行くときの注意なども細かく教えてもらいました。実際に使用している人のアドバイスは何より頼りになります。

娘の話を聞いて、この会社の行き届いた配慮にとても感心し、そして感謝しました。うちの娘は足の傷跡ですが、世の中には何らかの原因で、顔などの隠しようのない部分に傷跡やあざを持った人はたくさんいると思います。そして多分、娘が味わったのとは比較にならないほどの辛い思いをしているのでしょう。でも、同じ痛みを持ったものでないと本当の悩みは決してわからないのです。相談員さんが自分と同じ悩みを持っているからこそ、心から信頼して相談出来るのだと思います。そして、相談員さんもまた、顔に傷跡が残ってしまったのはとても辛かったことでしょう。けれども今、彼女の仕事は、多くのお客に希望や勇気を与えています。

この化粧品は、購入者が限られていて(もちろん普通の人のシミ隠しなどにも使えるのですが)、しかもカウンセリングは無料ですし、収益的には良いものであるとはとても思われません。実際、価格も普通の化粧品に比べて決して高くありません。なんでも合理化で、収益が上がらないところは切り捨てられるこのご時世に、こんなところがあるなんて。
最近、やっとテレビなどでも、取り上げられだした傷跡やあざを隠すメイク。消しているのは、本当の傷跡だけでなくて、心の傷も一緒に消しているのです。顧客満足の原点は相手の気持ちになって考える。まさにこの会社は実践しています。

娘の就職活動は、まだ当分続きそうです。でも足にメイクは滅多にしません。面倒だということもあるのでしょうが、なによりいざとなれば消すことができるという安心感が自信になり、以前のように初対面の人に傷跡のことを聞かれても、軽く受け流すことができるようになったからだと思います。そして就職が決まったら、どこに遊びに行こうかと思案しています。もちろんメイクして傷跡を消した素足にサンダルを履いて。
column 005
傷跡を消して 
〜ある化粧品会社の相談室の対応から〜
野村るみ子
17期消費生活アドバイザー
Home ColumnTop