「シーズンになったから着ようと思って。クローゼットから出したのよ。そしたら・・・見て!こんなにポロポロとはがれてるじゃない。これ高かったのよ、たしか5万円位したわよ。ずっと着ようと思ってたのに・・・どうしてくれんのよ!!」
私はデパートの消費生活相談コーナーで勤務している。 消費生活相談コーナーとはデパートに設けられた消費者センターのようなもので、第三者の立場で、デパートで購入された商品についての申し出に対応している。

ある日のこと、売り場の責任者の女性から相談を受けた。4〜5年前に購入されたジャケットについて申し出があったという。 実物を見せてもらった。
たしかに表面がボロボロとはがれていて、とても着られる代物ではない。縫付タグを確認すると、合成皮革(ポリウレタンコーティング)とあった。
ポリウレタンは、大辞泉によれば「ウレタン結合-NHCOO-によって重合した高分子化合物の総称」とあり、理数系に弱い私には・・・なんのこっちゃ?の世界なのだが。
その特性から衣類・靴・かばんからはては建材や自動車部品まで、生活のあらゆるシーンに使われている素材なのである。

このポリウレタンには大きな欠点がある。それは"劣化(脆化)"である。
このジャケットのようにひびわれたり、ボロボロとはがれたり。ベトついたりなんて事象もある。これは水分や空気中の窒素酸化物、塩分、日光(紫外線)、熱、微生物などの影響を受けて、徐々に分解されて起きるものである。劣化は保管・管理状態にもよるのだが、製造された時からだいだい2〜3年で始まると言われている。 (もっともポリウレタンにも使用する原料を工夫すれば10年以上の耐久性を示すものもあるらしい。自動車のシートや家具などに使用するタイプなのだが、ネックはコストの高さである)
ポリウレタンの劣化は業界ではよく知られたことなのだが、消費者には知らない人が多い。 今回のケースのようにボロボロになった商品に出くわして、はじめて特性を知るのだ。 商品の劣化を目にした消費者の驚き、落胆、怒りは想像してあまりある。 消費者には生活体験から「物は使えば使うほど傷む」という認識がある。 ところがポリウレタン製品はたとえ全く使っていなかったにせよ、2〜3年たてば劣化してしまうのだ。

 平成16年に兵庫県立生活科学研究所が発表した「ポリウレタン素材の衣料品等の経時劣化に関する調査研究」によれば、2〜3年というポリウレタン製品の寿命について「短いと思う」と回答した消費者は47.3%。 一方、同じ質問に対して事業者側は「そのようなものだと思う」との回答が最も多かった。アパレルメーカーでは40.0%、販売店では50%、素材メーカーでは55.6%である。消費者と事業者の認識の間には大きなずれがある。

 今の世の中はものすごいスピードで進化(?)しており、次々と新しい技術や商品が生み出されている。新商品を世に送り出す際、自戒をこめて言えばどうしてもメリット面ばかりが強調され、デメリット面は後回しにされがちである。
消費者の立場では、商品のメリット・デメリットを十分理解した上で商品を選択出来ればいいのだが、情報収集は難しい。 行政は法律で消費者の自立をうたっているけれど、丸腰のままでは無理である。 消費者はどこで、どのようにして情報を得て、学習していったらよいのだろう。

 そんなことをつらつら考えていると、内線がなった。 催事運営担当の男性からである。2ヶ月前のセールで販売した靴が数回しか履いていないのに底がボロボロになったと申し出があったとのことである。 「またポリウレタンの劣化だ・・・」
この道20年の先輩の話によれば、先輩が駆け出しであったころからポリウレタンの商品事故はあったそう。まだまだしばらくはポリウレタンの劣化事例と格闘しそうである。



column 048
ポリウレタン哀歌(エレジー)
米澤 幸子
Home ColumnTop